5月29日の日記

2006年5月29日 駄文
日の暮れる前に銀行に行く用事を忘れた。
ATMすら閉まっている時間だ。
歩みが鈍いにも程がある。
財布の中身を見れば17円しか入っていない。
どうせ残りわずかなら、とギリギリまで残金を使い切った、昨日の自分を恨んだ。
これで何が買えるだろう。
ろくに何も買えなければ、何かあっても買う気もない。
昨日地下通路で通りすがった路上弾き語りの兄さんの好意なら一瞬だけ手に入るかな。
少ない額を放り込むだけなら全く逆かもしれない。
十円玉と五円玉の夫婦と、その双子のアルミ銭、合計4枚が小銭入れの中に引き篭もっている。
身じろぎ一つする様子も無くて虚しい。
この小銭入れが狭くて使いにくいことも一因だ。
ファスナーの着け方が悪いせいか、取り出すのがとても億劫なのだ。
だから、たまに苛立つ。L字型に開けられたらどんなに楽だろうと思う。
小銭の親子にとって三畳一間すら夢のまた夢だ。
せめて心底から自分達が必要とされることを望んでいる。
でもきっと後回しにされる。
明日辺りにATMから越してくるお札の一族が幅を利かせ、あっという間に存在感を失うからだ。
それでも一家は幸せだと思う。
何故なら持ち主はスーパーのレジでは、まずポイントカードを取り出し、その後に、なかなか開かず使いにくい、小銭入れの中を手探るからだ。
客が多い上にレジが一つだけのときは、やや焦りながらも。
自然お札の一族は後出しになるが、自分達が真打ちだと解するので満足を覚える。
チャリチャリもしくパラパラと数えられる彼ら一家一族は、ときに路上の弾き語りより遥かにシンプルかつ心地よい音を奏でる。
今はまだ閉じ込められたファスナーの内にある。
 昔、ある高山に仙人が独りで住んでいました。
 仙人はそこで住むにあたり、山の木を切って自分の社(やしろ)を作っていました。
 とても広く武道場に似たつくりをしていました。
 あるとき、一匹の小鬼が別の山からやってきました。
 小鬼は仙術を体得するためには仙人の住む霊験あらたかな山でなければならないと知ったのです。
 小鬼は仙人に会うなり言いました。
「俺は仙術を得にきた。どうか指南を願いたい」
 仙人は小鬼をじっと見て答えませんでした。
 小鬼はまた言いました。
「教えてくれないのなら、それでもいい。
 それなら自分で修行をすれば事足りる。
 さしあたっては、修行に最適な環境を貸してほしい。
 あんたの住む道場だが、いいか」
 仙人は良いとも悪いとも言いません。
 要領を得ないので、小鬼は勝手に道場に入り、修行を始めました。
 それを仙人は止めません。
 それまでと変わらず気ままに釣りをしたりして暮らしました。
 小鬼は、勝手にしろと言う意思表示だと解釈し、色々なものを外部から持ち込んでは修行を続けました。
 修行には激しいものもあり、道場の内部が磨耗するのは必然でした。
 床が抜けたり、壁に穴があいたり、家宝のの掛け軸が破けたりもしました。
 そうしてしまっても小鬼は謝りもせず、ぼろぼろになっていく道場を更にぼろぼろにしていきました。
 仙人は怒る素振りすら見せませんでした。
 ついに小鬼は仙術の基礎を修得しました。
 もう少しすると、およそ仙術と呼ばれる全てを手に入れました。
 ほどなくして邪術までをも得ることができました。
 そのころには、もとあった道場の見る影もありません。
 かろうじて柱に屋根の残骸がくっついているだけです。
 小鬼は大いに喜び、仙人は何も言いませんでした。
 小鬼は仙人の新しい住処である岩洞窟に出向くなり、意気揚々と告げました。
「ついに俺は仙術を手に入れた。
 それどころか、あんたの持たない術まで手に入れた。
 あんたを超えられて満足だ。
 だが、ただの手始めだ。
 俺はこれに留まらず、ついには天下を手に入れよう」
 仙人は興味なさそうにアクビをしてから、初めて言葉を発しました。
「そうか」とだけ。
 小鬼としては仙人のつまらない反応が不思議そうです。
 が、それを気にせずに言いました。
「偉大な俺が、こんな場所に住む可哀想なあんたを救い上げてやろう。
 空を飛ぶ事、地に溶け込む事、炎を吐く事や他人を呪う事だってできる。
 さあ、なんなら手始めにこの国を乗っ取って、くれてやろうか?」
 とたんに仙人は般若の顔となりました。
「ならば欲そう。私の社を元通りに返すがいい。今すぐにだ」
 驚きつつも小鬼は、「今すぐには無理だ」と言いました。
 仙人が何故かと問えば、
「思い通りに社を建てる力などは仙術にも邪術にも無い。
 それならば、ちょっと待っていろ。
 この力で里の人間を脅してくる。そいつらにやらせれば良い」
 なおも怒る仙人は、それでは駄目だと言います。
「今すぐ、お前の力だけで社を元に戻せ。
 私はそれ以外に何も欲しくない。
 できないと言うなら、代わりにお前の命でももらおう。
 そうか私を救い上げてくれるのかそれはありがたい身の程を知れっ!」
 小鬼は戦慄しました。
 自分の仙術を、足元にも及ばないと感覚が悟ったからです。
 恐れおののく、あわれな小鬼は腰を抜かし、へなへなと座り込みました。
「愚か者のお前に、お前の術を成っているものを教えよう。
 あの社だ。
 私の仙力を毎日、社に込めていた。
 お前はそれを使って術を練っていたのだ。
 あと数日たてば地震が起こるから、ためしに待ってみるがいい。
 社の残骸が完全に崩れれば、お前の術は乱れ消え失せるだろう」
 驚愕した小鬼は声を聞きながら、ポカンと仙人の足元を見るばかりです。
 いつのまにか仙人の般若の面が取れていることにも気付きません。
 憮然たる面持ちで仙人は続けます。
「もはや私は地震を防ぐ気はない。面倒だ。
 あそこまで壊れては、一度壊して建て直したほうが簡単なのだからな。
 建て直すのはお前だ。
 自分で材料を調達し試行錯誤して一人で建てろ。
 あれは私の傑作だから、お前が建てるには、さぞかし時間がかかるだろう。
 だが私は気が長いから、できるまで待ってやろう。
 そうさな、お前の寿命までだ」
 その後、仙人の言ったとおり地震が起き、小鬼は仙人の言うままに丸々一生かかって社を築きました。
 
 
 
 ただ・・・・・・力を失ってからの小鬼に対して、仙人は敵意のカケラも見せませんでした。
 それどころか・・・あからさまでこそありませんでしたが、何事に対しても優しいような寛容なような、終始そんな態度だったのです。
 まるで我が子のように。

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