「分かりましたよ警部さん。真犯人の狙いが」
「真、犯人? 空地さん、貴方は一体何を―――」
「まぁ、まぁ聞いてください。宜しいですか。
 この部屋は、昨年の末に持ち主である私が戸締りをしてから、完全な密室状態でした。
 入り口の鍵の開閉はコンピュータで制御されてあり、私の指紋、私の声紋、私のヘソクリの在りかを記した地図を併せ持つ人間が、今日、1月6日の午後に屋敷に訪れて扉の前に立つことで解除されるプログラムが実行されていました。
 それ以外の要素によっては、例えミサイルが直撃しようとも、屋敷が吹っ飛ぶ事こそあれ、鍵を開けたり扉だけを壊すことは不可能です。
 ああ、プログラムをいじるのも無理だ。
 如何な天才でも解読には、ふた月以上の時間を必要するものだと自負しておりますのでね」
「・・・空地さん。申し訳ないが・・・私には、この扉がどうも、コンピュータだの何だのが仕組まれた上等なものには見えない。どう見ても、ただの―――」
「いいですか。
 何故、犯人は私がいなくなったこの部屋に洗濯物を増やし、中の物を散らかすことができたのか。
 何故なら、犯人は私の昨年の最後の滞在期間、ずっとこの部屋に潜んでいたのです・・・!」
「そ、そうか。なるほど、それなら可能だ。
 我々は・・・うっ、ごほっごほっごぼっ・・・。
 いえ、こほっ、お気遣いは無用です。この程度の吐血は三度の飯のようなもの。
 我々は、犯人はどのようにして中へ入ったかに、こだわり過ぎていたようです」
「ええ、それこそが犯人の狙いです。
 そして彼奴は、まるで部屋の主の私の不始末であるかのように、さり気なく印象付けたのです。
 彼奴の目的は分かっています。
 濡れた状態で二週間以上放置した洗濯物、散らかりに散らかった部屋、それを私が見つけ、直さないうちに使用人の誰かが発見してしまう。
 うちの使用人は皆、お喋りで大袈裟ですからな。
 無頓着な馬鹿貴族、腐った服を身に纏う不潔男爵、と悪い噂はすぐに広がるでしょう。
 そんな下らない、火の無い煙を出しただけで社交界の私は終わったも同然、プライドの高い私は耐え切れずに自殺、と。
 それが犯人の筋書きですが、そうは行かない」
「おいおい、相変わらず妄想の天才だなアンタ。それともこじ付けか?
 と、警部、ご無沙汰してやす」
「やす・・・出所していたか、おめえ」
「何をしにきた。ここは貴様のような下賤の輩の来て良い所ではないぞ」
「へっ。果たして、どっちの方が下賤かねえ。
 何ならアンタの生まれの話、こちらの警部殿に『お話しして差し上げても宜しい』んだがねえ。
 ちょいと聞いてくださいやすよ、警部」
「聞く耳持たん。
 内容は知らんが、警察官の目の前で脅迫とは大胆だな。
 ワシは正直言って、おめえが更生して戻ってくるのを楽しみにしてたんだ。それを―――」
「へっ。警部殿も変わらんねえ。
 それより、さっきの話だがよ。んな回りくどい手を使うヤツがどこに居るよ」
「どこにでも居るさ。
 おまえみたいなドス馬鹿には理解できない回りくどい手を好む奴が、我々の世の中には腐るほど居るんだよ」
「にしても、あんまりに過ぎるぜ。
 こいつは単なる悪戯だな」
「何だと?」
「悪戯だよ。いーたーずーら。
 アンタよ、娘、居たよな」
「麻理亜が・・・だと?
 貴様、貴様の分際で冗談を吐くとは許せん!」
「冗談なんかじゃねえよ。
 ずっと部屋に閉じこもっていられるなんざ、暇な子供くらいのもんだ。
 大方アンタに構って欲しかったんだろうよ」
「おのれ、おのれぇ!」
「お待ち下さい空地さん!
 失脚陰謀説も御息女悪戯説も、可能性としては十分に有り得ます・・・!」
「警部・・・それは、その」
「ほうら、『御息女のお出まし』でやすよ」
「ぬぅっ。あ、ま・・・コホン・・・・・・麻理亜・・・どうしたんだ」
「・・・」
「空地さん。ご息女は、きっと」
「ええ。どうした、麻理亜」
「お父様」
「ああ。どうした。私に何か話でもあるのか」
「お父様」
「安心なさい。私はお前のお父様だ。たとえどんな悪戯をしようともげぇっ?!」
「お父様。つまらないお芝居は終わりですか?」
「空地さッ。・・・・・・麻理亜、さん?」
「・・・で、やす・・・?」
「警部のおじ様も、刑務所帰りのおじ様も、お芝居は終わりですか?」
「私はっ、こ、これで失礼をばごぁががっ!」
「逃げ、や、す、逃げやすさぁべしぐおいぃっ!?」
「あれほど念を押して、洗濯物は屋敷をお出になる前に御自分で片付けるようにと言ったのに。
 二週間ですって。まぁ、汚らわしいこと。
 素直に謝れば二本くらいで済まして差し上げようと思いましたのに、ごまかすにしても面白くなくてはね。
 私の所為になさるところは中々よう御座いましたが、それ以前に演技は下手で大げさ、士気も無し、推理小説風にしようにも有りきたりで強引で穴だらけ」
「麻理、亜、慈悲を・・・ぐはっ!」
「私の大事なハンカチーフ・・・お母様の形見のハンカチーフを泥で汚して、必ず御自分で洗うと仰いましたね。
 あれはもう半年になって、まだ返してくださいませんが、まさかそれも、そのまま放っておいでですか」
「は、話せば分かぃひでぶっ!」
「ご安心ください。おじ様たちの分も含めて骨は拾って差し上げます。
 でも埋めるときには、あの汚れたままの洗濯物を土代わりに被せますから。
 嬉しいですか? あらあら、そんなに涙を流しては。
 そうですか。きっと喜んで頂けると思っていました」

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